小山の歴史Q&A
Q10
小山に寺子屋があったの?

A10
☆小山市内にも30以上の寺子屋があった
 寺子屋の始まりは,室町時代の中ごろといわれているが,急速に増大していったのは,江戸時代の中ごろ(享保期)である。このころになると,農民は生活を豊かにし,生産を上げるために,新しい作物や改良した農具を作ったり,未開の土地を開墾したりして工夫した。また,職人も,技術をみがき,特色のある品物を作り出そうと努めた。このように,庶民の生活が安定し向上してくると,自らの生活や生産活動に必要な知識や技能をもとめるようになった。こうして,寺子屋や私塾(私塾と寺子屋の区別ははっきりとしないが,学者が自由に学問教授所を開いたのを私塾といったとされる)が,町ばかりでなく,農村にもつくられ,生活に必要な読み書きやそろばん,道徳などを教えるようになった。


(「童子教」宮本町/新井家文書より)

☆教科書もあった
 学習内容については,読み書きを中心にして基本的な文字や作文を教えるのが大部分で,なかには算盤を教えたり,女子を対象に針ぬいを教えたりしたところもあった。
 教科書は「いろは」や数字から始め,干支,方位,村名,国尽くし(旧国名を並べて覚えやすくした教科書で習字の手本),商売往来などの往来物(生活に必要な各種の知識を手紙体の文章の中におりこんだ昔の教科書)や千字文(中国の四言古詩250句から成る習字の手本),童子教(子供の教訓を教える教科書=道徳)などさまざまだった。こうした教科書の多くは,師匠の手書きで,一つ終わるごとに師匠から与えられた。内容は,実用的で日常生活の必要にかなったものが選ばれたようである。


(「商売往来」東黒田/日向野家文書より)

☆寺子屋の一日のようす(下国府塚の寺子屋規則より)

午前 8時頃 寺子屋に集まる。(登校)
         手習い(千字文が中心で手本を前にそ
          れぞれが自習する。)
         素読のけいこの予習
午前10時頃 素読(師匠の前に一人ずつ出て,手本
          の音読をする。)
正 午 頃   清書の時間(清書ができると,一人ず
         つ師匠の前に出て,これでよしという
         まで清書直しをする。)
         清書が合格すると下校


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