小山の歴史Q&A
Q12
小山の学校はいつごろできたの?

A12
☆学校ができるまで
 明治になると時代も大きく変わり富国強兵・殖産興業・文明開化と,時代は「近代化」という改革を推し進めていくこととなった。そんな中でもっとも重要視したのが新体制を支え発展させるための「人材づくり」であった。教育はその中心として注目を浴びたのである。
 1872年(明治5年)政府は,フランスの教育制度を取り入れて「学制」を発布し。「ムラニ不学ノ戸ナク,家ニ不学ノ子ナカラシメン事ヲ期ス」(村の中に学校に通えないような家はなく,その家には学問を知らない子どもがいることのないことを願う,といった内容)を目標にして,国民に学校にいって勉強することを義務づけたのである。
 「学制」が栃木県下に伝わり,実際に小学校が設立されたのは,1873年(明治6年)のことであった。


(小学校読本)

☆明治6年9月2日 小山で一番目の学校誕生
 小山市で1番最初につくられた小学校は,「国府塚学校」(現 穂積小)で,1873年(明治6年)9月2日のことだった。
 また,「小山学校」(現 小山第一小)や,「勧善学舎」(現 福良小),「間々田学校」(現 間々田小)なども同時期に開校した。
 一貫学舎(現 羽川小)は,1874年(明治7年)1月15日に創立した。学校といっても,今のような校舎を持つのでなく,民家を借りての勉強であった。開校当時の生徒数は記録によると,わずか23人であった。1876年(明治9年)7月28日の記録では,男子74名,女子28名,合計102名であったそうである。また先生の数は,3人であった。そこに先生のお手伝いをしてくれる方が4人いたそうである。


(明治時代の学校の子供)


☆小山市の小学校のできた年
 

小山第一小学校   明治 6年(明倫館)
小山第二小学校   明治37年(小山尋常小学校)
小山第三小学校   昭和56年
小山城南小学校   昭和57年
旭小学校        昭和48年
小山城北小学校   昭和58年
若木小学校      昭和59年
小山城東小学校   昭和52年
大谷東小学校     明治15年(横倉小学校)
大谷南小学校     明治 7年(小学修道館)
大谷北小学校     明治13年(化育館)
間々田小学校     明治 6年(間々田学校)
乙女小学校       昭和50年
間々田東小学校    昭和59年
下生井小学校     明治 6年(扶桑館)
網戸小学校      明治 6年(網戸学校)
寒川小学校      明治 6年(開蒙舎)
豊田南小学校     明治 7年(奨善学舎)
豊田北小学校     明治 6年(自新学舎)      
穂積小学校      明治 6年(新民舎)
中小学校        明治 6年(協同館)
羽川小学校      明治 7年(一貫学舎)
羽川西小学校     昭和52年
萱橋小学校      明治 7年(開智学舎)
福良小学校      明治 6年(勧善学舎)
梁小学校        明治15年(梁学校)
延島小学校      明治 6年(延島分校)
    


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