小山の歴史Q&A
Q9
小山の宿場町は?

(小山宿/「日光道中分間延絵図」東京国立博物館所蔵)

A9
☆日光街道沿いの宿場町


(小山宿)


 江戸時代の初め,幕府は東海道など五街道を整備し,各所に宿場を設定した。ここ小山には日光街道が通り,間々田・小山・新田(羽川)の宿場町があった。また,市内の脇道には飯塚・生駒・梅の宮などの宿場町があった。


(間々田宿)

☆宿場は参勤交代の時の大名の宿泊に利用
 たとえば、1843年(天保14)の小山宿の記録では、大名やその家臣の宿泊に利用された本陣が1軒,脇本陣2軒,一般の旅人が泊まる旅籠屋74軒があったと記されている。本陣跡は,旧長崎屋の駐車場付近,脇本陣は中央町の山木屋呉服店の向かい側にあり、その当時の構えがひっそりと残されている。


(脇本宿)

☆今も残る当時の街道や面影
日光街道…現在の県道喜沢〜粟宮線(旧国道4号線)
三峯神社参道…宮本町のセブンイレブン付近から線路に向かって50m
 ほど進んだ所から右斜めに入る道
持宝寺…八代将軍吉宗が日光社参を行ったときに休憩所として利用
須賀神社や常光寺・光照寺…ほぼ昔のままの位置
結城道…つかひろ洋品店からみつわ通りを通り,NTTの前に抜ける道
佐野・栃木道…駸進堂から小山第一小学校に向かう道



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