平成29年度2学期の行事・出来事


9月9日 秋季大運動会


10月21日 桑中祭


10月21日 桑中祭・広島派遣報告
小山市、野木町、結城市の全16校が参加し、団長・生徒・引率者合わせて49名の派遣団が結成されました 広島市内はとても暑かったです。タクシーの中から見た広島の街は、原爆投下後「75年間は草木も生えないだろう」と言われていたとは思えない、緑豊かで都会的な街並みでした。
広島平和記念公園は、中島地区一帯を恒久平和の象徴の地とするとともに、市民の憩いの場所とする計画のもとに、整備されました。 面積は原爆ドームを含め、12万2100uです。毎年8月6日に平和記念式典が行われています。 原爆死没者慰霊碑は、今から65年前の1952年8月6日に建立(こんりゅう)されました。慰霊碑の奥には、原爆ドームと平和の灯(ともしび)と原爆ドームが見えました。とても幻想的でした。
私達は、「原爆の子の像」に折り鶴を奉納しました。「原爆の子の像」は禎子さんが亡くなった後、禎子さんの友人達がお金を集めてつくられたそうです。
原爆ドームは、当時の姿のまま、私たちに原爆の破壊力とおそろしさを物語ってくれています。原爆ドームは、たくさんの人々の協力により、1996年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。 平和記念公園の中で、そっとたたずむ「平和の鐘」。そこはとても静かで、まるで別の世界のようでした。
平和記念資料館には、原子爆弾の破壊力、戦争のおそろしさを伝えるたくさんの資料が展示してあり、資料の一つ一つが人々の苦しみを訴えていました。一瞬にして街は、ほとんど破壊され、多くの生命が奪われたことに、改めて核兵器の恐ろしさを感じました。 広島に投下された原爆リトルボーイ
上空600mで炸裂した原爆 いつまでたっても消えない「きのこ雲」 原爆が落ちる前の広島のにぎわう街並み。一発の原子爆弾で焼け野原となった街の再現
8時15分で止まった時計、溶けたガラスビン、破れてボロボロになった服など、72年前の出来事の被害の大きさを物語っています。
私たちは、たくさんの資料を見て、原爆はたくさんの人の命と、生きる場所、日常や夢をも一瞬で奪う恐ろしい物だと改めて思いました。また、もう二度と起こしてはいけないものと心に刻むことができました。
8月6日の早朝、僕たちは、眠い目をこすりながら、平和記念式典参加のため、平和公園へと向かいました。
平和公園には、すでに多くの参列者がいました。特に、外国の方を多く見かけました。広島で起きた惨劇に海外の人達が関心を持っていることは、平和への第一歩だと思いました。
呉市の大和ミュージアムを見学しました。呉は、戦艦大和を造船し、東洋一の軍港として栄えました。
大型展示資料室には、たくさんの貴重な実物資料が展示されていました。 私達は、その後、広島に戻り、灯ろう流しを行いました。元安川には、たくさんの人が平和への願いを書いた灯ろうが、美しく光り輝いていました。私達の平和への思いが、世界中に広がっていってほしいと思います。




もどる