輪中(囲堤)集落と水塚・揚舟

 旧思川、与良川、旧巴波川が流れる本校学区内の下生井、上生井、白鳥の各地域では、水害から
家屋や田畑を守るために、集落のまわりを取り囲むように堤防が築かれ、いわゆる輪中集落がつく
られてきました。

 また,人々の水害への備えとして、土盛りして母屋や納屋の土台を高くした「水塚」(水屋)や
避難する際に使う「揚舟」などが知られています。
 河川改修や治水対策により、昔のような水害の心配が少なくなったとはいえ、下生井、上生井、白
鳥の各地域には、「水塚」や「揚舟」が、今でもかなり残っています。
 正確な悉皆調査はされていませんが、平成11年度に、かつての下生井小学校の家庭教育学級で学
んだ御婦人方で構成する「サークルわかば」によって、上生井・下生井・東生井・白鳥を対象に調査
したところ、揚舟45艘、水塚36基が確認されています。
            (サークルわかば「なまいのくらし あの日あの時」:2000年3月)
 「水塚」は屋敷内の通行に高低差があり不便なため、家の新築や改築工事の際に、破壊されること
もあり、また、軒先に吊られた「揚舟」も用途がなくなって廃棄されたりしているため、現在では、
その数がもっと減少しているものと思われます。

東生井の水塚 (平成25年2月撮影)

堤防で囲まれた白鳥の集落(平成25年2月撮影)